東日本大震災から10年を迎えて~改めて心を結集して本当の復興を願う

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東日本大震災からちょうど10年の日を迎えました。「2011年3月11日14時46分」、この日時を忘れる事は一生ないでしょう。自分の人生の中に引かれた最大の傷であり、最大のターニングポイントです。さきほど黙祷しましたが、涙が出てきました。

当時から10歳年を取りました。長いようで短いような不思議な感じです。最近の事のように思い出せる一方で、その切実さは忘れてしまっているように思います。節目の日に改めて復興支援、原発の問題、災害への備えなどについて向き合うことにします。

折しも先月の2月13日に福島沖で発生したM7.3・最大震度6強の地震は、2011年の東日本大震災の余震とのことでした。10年経ってもまだ大きな余震が続いていることに驚くと共に、その規模の大きさを痛感させられます。

東日本大震災は東京で経験した自分でさえも死を予感させるほどの人生最大の出来事で、「命さえあればいい」とメモしたことを思います。何の役に立つか分かりませんが、自分用にメモしていた当日と1年間のメモを次のブログに公開することにしました。

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被災地での想像を絶する恐怖体験や、故郷や愛する人を突如失った方々の悲しみは察するに余りあります。復興は本当に進んでいるのだろうか。現地の方々が希望を持てるような形の復興に本当になっているのだろうか。段々忘れてしまっていないだろうか。

特に原発事故の問題は深刻です。汚染水のタンクが延々と増え続けている状況で、解決の見込みが全く立っていません。全く「アンダーコントロール」ではありません。負の遺産を次の世代に先送りせず、総力を挙げて着手してほしいです。

2019年に宮城県の被災地の志津川(南三陸)、野蒜を訪れた事はとても印象に残っています。現実を知り心を動かされ、改めて本当の意味での「完全復興」を願いました。今はコロナ禍で厳しいですが、今後も被災地を訪れその現状や感じた事を伝えていきたいです。

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10年というのは通過点にすぎません。現在でも避難者は4万人以上。1日でも早く本当の「復興」が成されることを願います。震災によって何が起きたのか、現在どうなっているのか、どんな支援が必要なのか、どんな問題を解決しないといけないのか、改めて想いを馳せて自分ができる行動をしていきます。

当時は困難の中にも「絆」という素晴らしいものが目に見え、世界からも称賛されていました。日本人にはお互いを支え合う心と、困難に立ち向かう底力があります。そんな無形文化財級の素晴らしい心を結集して、被災者の方々に寄り添う本当の意味での「復興」を加速させましょう。

改めまして、震災で亡くなられた方々に心よりご冥福をお祈り申し上げます。そして被災した方々に心よりお見舞い申し上げます。自分は一生向き合い続けます。希望が続きますように。

※吹奏楽には"A Song For Japan"という曲があります。東日本大震災の被災者の方々に祈りをささげるために作曲されました。ぜひお聞きください。

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