【写真77枚】武蔵国分寺跡[東京都]|全国風景アーカイブ|みやだい

武蔵国分寺跡〈77枚〉

奈良時代の国分寺跡を伝える歴史公園

武蔵国分寺跡
武蔵国分寺跡
訪問記念
2024.5
New!   作成

武蔵国分寺跡
~ 奈良時代の国分寺跡を伝える歴史公園

2024年5月、国分寺を散策しました。武蔵国分寺跡は国分寺市にある国の史跡です。奈良時代に聖武天皇の詔により建立された国分寺の1つで、古代官道の東山道武蔵路沿いに建立されています。後に元弘3年(1333年)の分倍河原の戦いで焼失しています。現在では歴史公園として整備され、金堂跡、講堂跡、中門跡、七重塔跡などがあります。離れた国分寺崖線上には僧寺北東地域があります。

……………… スポット情報 ………………
エリア 関東地方 東京都 国分寺市
所在地 東京都国分寺市西元町1丁目から4丁目付近 [MAP]
アクセスJR「西国分寺」駅徒歩15分、JR「国分寺」駅徒歩18分
関連HP武蔵国分寺跡【国指定史跡】|国分寺市

関連場所

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北西の区画

薬師堂の近くの北西の区画へ。
[1] 薬師堂の近くの北西の区画へ。
武蔵国分寺跡の看板があります。
[2] 武蔵国分寺跡の看板があります。
北西区画は広い芝生の広場です。
[3] 北西区画は広い芝生の広場です。
南側に中心的なエリアがあります。
[4] 南側に中心的なエリアがあります。

講堂跡

道路から一段上の中心的エリアへ、入ってすぐは木々が覆う。
[5] 道路から一段上の中心的エリアへ、入ってすぐは木々が覆う。
講堂跡の基壇があります。
[6] 講堂跡の基壇があります。
瓦生産地と消費地を結ぶ講堂基壇復元の解説。
[7] 瓦生産地と消費地を結ぶ講堂基壇復元の解説。
基壇上はかなり広い。礎石や枠がある。
[8] 基壇上はかなり広い。礎石や枠がある。
講堂の広さを感じられます。
[9] 講堂の広さを感じられます。
頭上には所々に木々。自然の香りの心地よさ。
[10] 頭上には所々に木々。自然の香りの心地よさ。
経蔵・西僧坊の解説。
[11] 経蔵・西僧坊の解説。
広場は日当たりが良く木々が点在します。
[12] 広場は日当たりが良く木々が点在します。
講堂の正面中央の階段前へ。
[13] 講堂の正面中央の階段前へ。
講堂跡の解説。
[14] 講堂跡の解説。
42.2mも幅がある。今は静かに鎮座。
[15] 42.2mも幅がある。今は静かに鎮座。
階段部分。
[16] 階段部分。
基壇上の草。
[17] 基壇上の草。
向かう合うように金堂跡があります。
[18] 向かう合うように金堂跡があります。
講堂跡を斜めより。
[19] 講堂跡を斜めより。
金堂・講堂間の通路と幢竿遺構の解説。
[20] 金堂・講堂間の通路と幢竿遺構の解説。
幢竿遺構が並ぶ。
[21] 幢竿遺構が並ぶ。

金堂跡、鐘楼跡

講堂の南側に金堂跡があります。
[22] 講堂の南側に金堂跡があります。
基壇上にある礎石、こちらはレンガのような地面。
[23] 基壇上にある礎石、こちらはレンガのような地面。
講堂・金堂間の豊かな緑の木が印象的。
[24] 講堂・金堂間の豊かな緑の木が印象的。
二段構造になっています。
[25] 二段構造になっています。
金堂から望む講堂方面。
[26] 金堂から望む講堂方面。
礎石が並びます。
[27] 礎石が並びます。
東側へ、鐘楼跡の解説。
[28] 東側へ、鐘楼跡の解説。
鐘楼跡の区画、礎石があります。
[29] 鐘楼跡の区画、礎石があります。
史跡は金堂の奥へと続きます。
[30] 史跡は金堂の奥へと続きます。
金堂裏手にある大きな木。
[31] 金堂裏手にある大きな木。

中門跡、築地塀・溝跡

金堂跡の南側、T字路の左側の区画。
[32] 金堂跡の南側、T字路の左側の区画。
右側の区画、中門跡や奥に南門跡に続く。
[33] 右側の区画、中門跡や奥に南門跡に続く。
武蔵国分寺の礎石の解説。
[34] 武蔵国分寺の礎石の解説。
独特な形の大きな石です。
[35] 独特な形の大きな石です。
中門・金堂間の幢竿遺構の解説。
[36] 中門・金堂間の幢竿遺構の解説。
幢竿跡が立っている。
[37] 幢竿跡が立っている。
南側から見る金堂跡と巨木。
[38] 南側から見る金堂跡と巨木。
金堂跡の解説。
[39] 金堂跡の解説。
史跡武蔵国分寺址の石碑。
[40] 史跡武蔵国分寺址の石碑。
中門跡の解説。
[41] 中門跡の解説。
南から続く参道と中門跡の区画。
[42] 南から続く参道と中門跡の区画。
中門跡の区画を斜めから。
[43] 中門跡の区画を斜めから。
参道は南門へ続く、この時点では整備中。
[44] 参道は南門へ続く、この時点では整備中。
道路を挟んだ先の区画へ。
[45] 道路を挟んだ先の区画へ。
伽藍中枢部南辺区画 築地塀・溝の解説。
[46] 伽藍中枢部南辺区画 築地塀・溝の解説。
塀と溝の跡を伝える。
[47] 塀と溝の跡を伝える。

南門地区

道路を南へ、道路と並行する参道跡。
[48] 道路を南へ、道路と並行する参道跡。
南門地区完成イメージ図。
[49] 南門地区完成イメージ図。
中門へと参道が整備される予定。
[50] 中門へと参道が整備される予定。
現在は道路と平行の細長い草地。
[51] 現在は道路と平行の細長い草地。
南門跡へと続く。
[52] 南門跡へと続く。

七重塔跡

東向きのT字路を進みます。
[53] 東向きのT字路を進みます。
左手の七重塔跡の区画、土に木々が生い茂り緑豊かで自然の公園的。
[54] 左手の七重塔跡の区画、土に木々が生い茂り緑豊かで自然の公園的。
右手は小さな道路が複数貫く空き地のような区画。
[55] 右手は小さな道路が複数貫く空き地のような区画。
そこも国分寺跡としての表示あり。
[56] そこも国分寺跡としての表示あり。
七重塔跡側へ、講堂エリアより自然感のある空間。
[57] 七重塔跡側へ、講堂エリアより自然感のある空間。
一角に七重塔跡があります。
[58] 一角に七重塔跡があります。
礎石と大きな木が立つ。
[59] 礎石と大きな木が立つ。
七重塔の跡が見られます。
[60] 七重塔の跡が見られます。
七重塔跡の解説。
[61] 七重塔跡の解説。
もう1枚の解説板、少し西に塔2があったのではという。
[62] もう1枚の解説板、少し西に塔2があったのではという。
木々が覆う広場で遊んでいる人の姿も。
[63] 木々が覆う広場で遊んでいる人の姿も。
道路反対側の区画。
[64] 道路反対側の区画。
塔2はこちら側だったとされる。
[65] 塔2はこちら側だったとされる。
塔2があったとされる場所付近。特に何も確認できない。
[66] 塔2があったとされる場所付近。特に何も確認できない。
中心地へ戻りました。西に進むと国分尼寺があります。
[67] 中心地へ戻りました。西に進むと国分尼寺があります。

僧寺北東地域

都立武蔵国分寺公園を南東に進むと僧寺北東地域の一角があります。
[68] 都立武蔵国分寺公園を南東に進むと僧寺北東地域の一角があります。
草木があるマンション前の広場的な小さな区画です。
[69] 草木があるマンション前の広場的な小さな区画です。
公園のようで史跡とは気づきにくいです。
[70] 公園のようで史跡とは気づきにくいです。
史跡武蔵国分寺跡(僧寺北東地域)の解説。
[71] 史跡武蔵国分寺跡(僧寺北東地域)の解説。
公園のような広場です。
[72] 公園のような広場です。
武蔵国分寺跡の主要遺構の図。北東にあります。
[73] 武蔵国分寺跡の主要遺構の図。北東にあります。
伽藍地(寺院他)北辺の区画溝跡の解説。
[74] 伽藍地(寺院他)北辺の区画溝跡の解説。
溝跡が見られます。
[75] 溝跡が見られます。
中心から離れた場所で静かに伝える史跡です。
[76] 中心から離れた場所で静かに伝える史跡です。
国分寺崖線を下ると真姿の池湧水群・お鷹の道を経て講堂方面へ繋がります。
[77] 国分寺崖線を下ると真姿の池湧水群・お鷹の道を経て講堂方面へ繋がります。

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