【旅行まとめ】広島旅行1日目-後半(原爆ドーム、平和記念公園、平和記念資料館)

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広島旅行1日目・前半に続き後半は平和記念公園の周辺へ。ノーモア・ヒロシマを願いつつまとめました。

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原爆ドーム

■原爆ドーム/diary_picture/201709/049.jpg原爆ドームは原爆投下目標となった相生橋の東側に位置する原爆の惨禍を伝える建物。元は広島県産業奨励館で当時としては珍しいヨーロッパ風の建築デザインでした。負の歴史を伝える世界遺産(文化遺産)に指定されています。

まず目に入ったのは慰霊碑と原爆ドームの背後からの姿。通り過ぎた少年が手を合わせていたのが印象深かった。横の石碑には「人類の戒めとするため(略)これを永久に保存する」と書かれている。正面に回りその生々しい姿を目の当たりにすると、その重苦しいリアルさが強く心を打ち、非常に訴えかけてくるものがある。涙が出てくるし、シャッターを押す手も震えていることに気が付いた。曲がった骨組み、筒抜けの建物、剥がれた壁。空襲でもっと大きな被害を受けた建物は日本中に無数にあったはずだが、この建物の説得力は大きい。原爆投下当時と同じ夏、セミの鳴き声と路面電車の音が聞こえる中、周りの人たちも何かを感じている雰囲気の独特の空気感。外国人向けに語りかけている人もいた。これは絶対に残さないといけない。

・原爆ドーム前停留所/diary_picture/201709/039.jpg

・少年が手を合わせていた原爆ドームの慰霊碑/diary_picture/201709/040.jpg

・原爆ドームの石碑「人類の戒めとするため(略)これを永久に保存する」/diary_picture/201709/041.jpg

・重苦しいリアルさが心を打つ原爆ドーム/diary_picture/201709/042.jpg/diary_picture/201709/043.jpg/diary_picture/201709/045.jpg/diary_picture/201709/046.jpg/diary_picture/201709/047.jpg/diary_picture/201709/048.jpg/diary_picture/201709/049.jpg/diary_picture/201709/050.jpg

・噴水前では外国人に語り掛ける人がいた/diary_picture/201709/051.jpg

・建設省職員殉職の碑、公園周辺には様々な慰霊碑、記念碑がある/diary_picture/201709/052.jpg

・近くには原爆投下の標的となったT字型の相生橋/diary_picture/201709/044.jpg

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広島平和記念公園

■広島平和記念公園/diary_picture/201709/059.jpg広島平和記念公園は原爆で被災した中島町の一部を整備し、世界平和を祈念して開設された公園です。広島平和記念資料館や原爆死没者慰霊碑などのほか、多数の原爆に関連する記念碑があります。

Tブリッジ(相生橋、後述)を渡り平和記念公園へ。緑や植物であふれる静かな公園に、たまに何種類かの鐘の音色が響いている。自分も散策しつつ平和の鐘を鳴らし、原爆の子の像の鐘を鳴らし、平和の灯、平和の池の先にある原爆死没者慰霊碑へ。正面に立つとアーチの先には原爆ドーム、平和の灯が一直線上に見え、石碑には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と書かれている。再び強く心を打たれ、茫然と立ち尽くし、涙と手の震えがやってきた。周りには外国人も多くいたが、皆が祈りと願いに満ちていた。シャッターを押す時に偶然アーチの上に平和の象徴のハトが止まったことも印象的だった。

・平和記念公園からの原爆ドーム、左にはおりづるタワー/diary_picture/201709/053.jpg

・平和の鐘、定期的に鳴らされて響き渡る/diary_picture/201709/054.jpg

・沢山の折り鶴/diary_picture/201709/055.jpg

・原爆供養塔/diary_picture/201709/056.jpg

・折り鶴に囲まれた原爆の子の像/diary_picture/201709/057.jpg

・平和の灯、原爆死没者慰霊碑、平和記念資料館/diary_picture/201709/058.jpg

・原爆死没者慰霊碑、茫然と立ち尽くす/diary_picture/201709/059.jpg

・原爆死没者慰霊碑の石碑「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」/diary_picture/201709/060.jpg

・虹がかかる祈りの泉/diary_picture/201709/061.jpg

広島平和記念資料館

■広島平和記念資料館/diary_picture/201709/062.jpg広島平和記念資料館は原爆の惨状を伝えるために開館された博物館です。被爆前後の様子、被爆者の証言、核開発の歴史、被爆後の歩み、被爆者の遺品などの展示があります。

一部工事中のため展示は縮小していたと思いますが、さきほどの2か所以上に、非常に心を揺さぶられることとなりました。最初は原爆投下前の活気ある街の様子、笑顔の子供たち。現在平和記念公園になっている所にも建物があったことも知る。外国人ツアーの解説で相生橋を指して「T-Bridge, TARGET BRIDGE」という不穏な言葉が聞こえてきた。次のエリアに進むと、壁一面に広がる、超広角の壊滅した広島の街の姿・・・。そして上空からの原爆投下前後のシミュレーション映像。たった一発の爆弾で全てが灰燼に帰し、14万人以上が死亡。暗めの室内に紛れて何度も涙が出てきて、なかなか次に進めなかった。被爆者の証言ビデオのコーナー。地上温度3000~4000度、無数のガラス片、放射性物質を含む黒い雨、赤・黒・灰色しかなかった等、実際にその「地獄」に人がいて、何を感じていたのか、そのあまりにも悲惨な状況を知りました。

次に核兵器の開発の歴史の展示。原子力の発見から開発の流れ、原爆の構造、広島・長崎への投下、人体への影響の写真、抑止力として各国がどんどん核開発が進めていること、拡散防止を目指している歴史の流れ。人類を何度も滅ぼせるほどの核を世界が保有している現実。「原子力の争いは人類の破滅と文明の終末を意味する」と書かれたどなたかの言葉が印象的だった。次に広島の復興の歴史の展示。困難な状況でヤミ市から始まり法律に後押しされての都市基盤の整備・各種支援、後遺症による心身障害との闘い、そして継承の問題。最後の展示は被爆した人の服や持ち物、人体への被害の写真などの生々しい展示、そして被災者の言葉など。館内には大勢の人がいるのに不思議なぐらい静かで、皆がその惨状に心を動かされていたと思います。

全体的にとてもショッキングな内容で打ちのめされました。原爆の非人道的さ、核兵器や戦争の恐ろしさ、悲惨さをとてもリアルに感じ心が揺さぶられました。「ノーモア・ヒロシマ」、その言葉の重みを知りました。どんなに平和を願っていてもここに来ないと分からないことがたくさんあるように思いました。平和を語るうえで必要なのは想像力です。外国人も沢山訪れていましたが、世界中のできるだけ多くの人がここに来て何かを感じてほしいと願います。

閉館時間となり暗くなった空の下、その余韻の中で再び原爆ドームと動員学徒慰霊塔の前を通る。世界に平和の意味を発信する平和記念公園を訪れて本当に良かった。あのような悲惨な事は二度と繰り返してはならないし、伝えていかなければならない。奇しくもこの翌朝、北海道沖の太平洋に北朝鮮がミサイルを発射し、後日核実験を実施しました。今だから強く思う、あの国にこそ、核兵器というもののリアルを知ってほしい。

夕食

さて夕食は広島名物・お好み焼きを求め、広島駅ASSEの飲食店街で複数あるお好み焼き屋のうち「貴家。」にて食べました。ヘラをリズミカルにカンカンと音を立てて焼いていき、独特の硬いパリパリ麺の入ったお好み焼きを堪能しました。ソースはもちろんオタフクソース。

・広島駅ASSEのにぎわう飲食店街/diary_picture/201709/038.jpg

・広島のお好み焼き/diary_picture/201709/037.jpg

広島旅行2日目・前半へ続く☆

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