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活動記録2 ~ 大学時代

自分にとって欠かせない存在になっている音楽について、今までの音楽経験について書いていきます。2回目は大学時代についてです。※少しずつ加筆、体裁調整していきます。

大学時代

東海大学吹奏楽研究会(通称「吹研」=すいけん)で活動します。今でこそ全国大会常連ですが、当時は都大会予選落ちのどん底から這い上がっていく時期でした。

特に最初は活動自体が不安定で編成も整わず、1年間はコンクールが終わるころまでクラリネットに移っていました(Cl不足のため)。後にファゴットに戻りますがマーチングはクラリネットのまま続けました。

同期には高校時代に全国大会で活躍した人が多かったこともあり、この学年は1年時から強い存在感を示していたはずです。また東海大相模高校の定岡先生を招き、全体の底上げを図った重要な時期だったと思います。

1年時には高校時代と比べて円滑に活動できないもどかしさもあり、辞めることも考えていました。同じような考えは付属校をはじめ強豪高から来た人が多かった同期にも広がり、団体自体が不安定になったこともあります。

そんな時、12月に開催された東京都大学吹奏楽連盟の合同演奏会(通称「合演」)に出場し、他大学の人達と交流することで踏みとどまることになりました(後述)。

2年時以降はファゴットに戻り、もう1人ファゴットの同期はいたのですが、3年時からはファゴットは1人で活動していきます。4年時にもファゴットは入らず後継者問題に直面しました。大学は高校の時の楽器を続けることが多いためファゴットの集まりにくさを感じていました。

そんなときに高3の時同様に団体がコントラファゴットを購入しましたが、1人のため惜しくも使う機会がありませんでした。このことでコントラファゴットへの意識がさらに高まりました。

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役職としてはシンフォニックスタッフというシンフォニック系の曲に関する役に就いていました。合奏前にはハーモニーディレクターを使って個人別のチューニングを行っていました。

吹奏楽コンクールでは自由曲は1年時はプッチーニ作曲「トスカ」より、2年時はシュミット作曲ディオニソスの祭り、3年時は「サロメ」より7つのヴェールの踊り、4年時はホルジンガーの「春になって、王たちが戦いに出るに及んで」を演奏しました。

結果は1年時は予選落ちでしたが、後に都大会(地方大会レベル)の銀(ダメ金だったかも?)まで行き、徐々に手ごたえを感じていました。

都大会の会場は普門館、中学高校で全国大会が行われていた場所で演奏することができました。神奈川県の校舎が活動の中心であるため本番当日は朝3時から練習した日もあったことを思い出します。

大学は高校と勝手が違い様々な問題が生じて悩むこともあり、自分自身もかなり迷走していた時期でしたが、特に他大学の様々な人たちと交流を広げることで新しい世界が広がりました

強豪校出身者が多い同期の活躍もあり、徐々に実力アップと団体の安定化がなされ、コンクールでも結果を上げていけたことは良かったです。色々ありましたが最後の演奏会は様々な想いがこみ上げて泣きました。

東京都大学吹奏楽連盟の合同演奏会

合演について

通称「合演」とよばれるイベントで、都の連盟に所属する各大学からオーディションで選ばれた奏者が集まり、12月に合宿を経て開催する演奏会です。ポップス、マーチング、シンフォニックの3ステージで別々のメンバーで演奏し、自分はシンフォニックステージで1年時と3年時に参加しました。

特に1年時は他大学の人達と交流が広がったことで、辞めそうになっていた音楽を続けるきっかけになった重要なイベントです。彼らとの交流で、それぞれの人が自分と同じように普段の活動に不満を持っていたり、活動にかける想いを聞き、自分も頑張ろうと思う事ができました。彼らとの仲は今でも続き、大切な友人になっています

1年時はレスピーギのシバの女王ベルキス、3年時はストラヴィンスキーの火の鳥をメイン曲として演奏しました。火の鳥の子守歌のソロは本格的な長いソロとしては初めての経験でした。

どちらも技術や意識が高いメンバーと音楽を作り上げることができ、交流も広がり、大きな充実感が得られた思い出深いイベントとなりました。

その後

後にそのOB的団体の一般吹奏楽団「吹奏楽団ひよこ」が結成されたので参加していました。大学卒業後もあの時の充実感を共有する様々な大学の知人と演奏できるのは楽しみでした。

演奏会を数回開催しましたが、指揮経験者達が遠隔地に離散したことなどから活動は無期限休止状態になりました。今はそれぞれ家庭を持ったりして難しくなっていますが、また何かの形で再開できたら良いと思います。

その他

編曲と吹きオフ会

個人では独学で編曲を始めた時期でもあります。吹奏楽やアンサンブルを中心にアレンジをし始め、譜面の読み書き、耳コピ力が養われていきました。アレンジした吹奏楽曲は大学で地域での依頼演奏で実際に使用したこともあります。

その他、ネット上で知り合った人達と「吹きオフ会」を開催したことがあります。アレンジしたアンサンブル譜を使って木管五重奏(Fl,ASax,Cl,TSax,Bsn)の演奏を楽しみ、飲み会をしました。彼らを中心に吹奏楽団の立ち上げの話も出ましたが実現せずに終わりました。

エレキベースの経験

知人からエレキベースをもらいました。初めての弦楽器で最初は音の発音が確実ではなく不安定でした。そこで全部の音で左手のポジションも右手の弾く指もきっちりすぎるぐらい正確にしよう、と意識を変えることで上達しました。

このことはファゴットを演奏する時にも「全部の音を確実に発音する」という意識の強化に応用され役立っています。

クラリネットの経験

前述のように編成不足の関係でクラリネットに移った時期がありました。ファゴットを演奏する上でも大学でのクラリネットの経験も役立っています

例えばファゴットで練習したフレーズがクラリネットでも吹ける(逆も同様)ように、演奏する時に「イメージ」の領域がある事を多角的に認識できるようになりました。両者はオクターヴ違うだけで音域幅の感覚が似ている気もしました。

1つの演奏会内でステージの区切りごとにファゴットとクラリネットを演奏した事も何度かありました。特にマーチングではクラリネットを続けて一通りのマーチング経験もできました。